「ドレミファどーなっつ!」の替え歌が思いつかない~日曜日の雑談2~
こんにちは、ききょうけんのベル子です。
突然ですが、皆さんは子どもの頃、公園で初めて出会った子と遊んだことはありますか?
「いつもの公園に行くと、見慣れない子がいて、いつの間にやら一緒に遊んでいた」
とか
「普段は行かない遠くの公園に行ったら、そこで遊んでいた子と仲良くなれた」
とか、
そんな思い出はないでしょうか?
私には何度かそういう経験があります。漫画「ちびまるこちゃん」でもそんなエピソードを読んだ覚えがあるので、珍しくない話なのでしょう。
子どもって、今までの積み重ねとか全くなくても、すぐに仲良くなれることがありますよね。
誰でも受け入れられる、素晴らしい柔軟性です。
そんな「出会った瞬間から友達!みんな仲間だよ!」というメンタリティを端的に歌った曲があります。
以前、NHKの子ども向け番組「おかあさんといっしょ」内で放送されていた人形劇コーナー「ドレミファどーなっつ!」のテーマ曲です。
(↑こちらのページで試聴ができます。一曲目の『ドレミファどーなっつ!』です)
歌い出しの歌詞は
♪いっちっどっあったーら とーもーだーちで♪
♪まーいにちあーったら きょうだいだ♪
「一度会ったら友達で、毎日会ったら兄弟だ」という、まさにそのままの歌詞ですね。
私が最初にこの曲を聞いたのは、中学生か高校生の時だったと思います。番組の対象年齢からは外れ、既に少し頭が固くなっているので、「小さい子は、いつも仲良しで良いわねー」と微笑ましく聞き流していました。
早いもので、あれからもう20年くらい経ってしまいました。
その間に私は子どもに関わる仕事につき、まさにこの「一度会ったら友達」という感覚をリアルに持っている子どもと、時々出会うようになりましたが、
現実は厳しいというか、なんといいますか
この「一度会ったら友達」という感覚はトラブルのもとになる可能性があるのだということを知りました。
子どもだって、たいていの場合は一度会っただけでは「友達」とは思えないんですよね。
なのに、一度話しただけ、もっと極端な例で言えば写真で見かけたことがあるというだけで「自分の知っている人=友達!」と思って親しげに話しかけてしまう子どもの姿を時々見かけるのです。
何の悪意も害意もなく、優しく話しかけているだけなのに、話しかけられた子どもから不審に思われてしまいます。
最近の言葉で表すなら「距離なし」だと思われてしまうということでしょうか。
「人類みな兄弟」の精神で、お互いに「仲良し!友達!」と思えれば何の問題もないのだと思いますが、やはり全員がそうではない以上、適切な距離感というのものを子どもに伝えなければなりません。
「一度会っただけの人は、『友達』じゃない。ただの『顔見知り』だ」と。
いえ、もしかしたら「顔見知り」ですらないかもしれませんね。
そんな時に私は「ドレミファどーなっつ!」の歌を思い出します。
もちろん、この歌が悪いとは思いません。「みんな友達」は理想です。夢や理想を歌で語るのは、何の問題もありません。現実的なことしか歌詞にしてはいけないとなったら、「虹の橋を渡って」とか「つかもうぜドラゴンボール」とか歌えなくなってしまいます。
ただ、この「ドレミファドーナッツ!」の歌詞を現実的に書きかえるなら、どんな風になるだろうと時々考えます。
替え歌ですね。
一度会ったら 〇〇〇〇〇、
毎日会ったら 〇〇〇〇〇。
この「〇〇」部分に何を入れると、現実的なものになるのでしょう。
(※替え歌を作って子どもへの説明に使おうということではないので、お気軽にお付き合いください。)
先ほども書きましたが、私は「一度会ったら『かおみしり』」かなと思っています。
でも毎日会ったら?
全く思い浮かびません。
毎日会ったら……『ご近所さん』?
毎日会ったら……今度こそ『お友達』?
むしろ、毎日会う人こそが『顔見知り』でしょうか。
だとしたら、一度会った人は?
考えているとドツボにはまって
一度会ったら……会ったことのある人
毎日会ったら……毎日会う人
という結論にばかり行きついてしまいます。字余りです。いえ、字余り以前の問題ですね。
どなたか、お知恵を貸していただけませんか。
こんな話に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。